「人生の意味を探る対話Part6 みんなで編集会議」開催レポート

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生老病死(しょうろうびょうし)を通して、誰もが関わる医療。科学技術や制度が進歩する一方で、医療は今、「どう生きるか」「人生にどんな意味を見いだすのか」という、より根源的な問いと向き合う段階に差しかかっています。

2025年12月14日(日)に開催した「人生の意味を探る対話Part6」は、これまでの5回の対話をみんなで振り返り、そこで出てきた言葉や気づきをあらためて味わい深める時間として、「編集会議」のような形で行いました。
今回、『目の見えない精神科医が、見えなくなって分かったこと』(サンマーク出版)の著者であり、公益社団法人NEXT VISION 理事で精神科医の福場将太を中心に、パネリストと参加者がともにそれぞれの「人生の意味」を自分ごととして引き受け、考える時間となりました。

【パネリスト】
福場将太(公益社団法人NEXT VISION 理事、精神科医)
仲泊聡(公益社団法人NEXT VISION 代表理事、神戸iクリニック院長、神戸市立神戸アイセンター病院 非常勤医師)
三宅琢(公益社団法人NEXT VISION 副理事長、株式会社Studio Gift Hands 代表取締役、眼科専門医、産業医)
和田浩一(公益社団法人NEXT VISION 常務理事)
髙橋政代(公益社団法人NEXT VISION 理事、株式会社ビジョンケア代表取締役社長、医学者、眼科医)
武田志津(株式会社日立製作所 研究開発グループ技師長 兼 基礎研究センタ 日立神戸ラボ長)

【モデレーター】
沖田京子(株式会社日立製作所 研究開発グループ Next Research企画室 担当部長)

 

Part1「QoL(Quality of Life)からみたインクルーシブな医療と社会」
ゲスト:カール・ベッカーさん

    「人生の意味を探る対話」シリーズの第1回は、「QoL(Quality of Life)からみたインクルーシブな医療と社会」でした。ゲストは、宗教・医療倫理の研究者であるカール・ベッカーさん。ベッカーさんは、医療を病気を治すための技術としてだけでなく、人がどのように生き、老い、死を迎えるのかという人生全体の営みとして捉え直す視点を提示しました。QoLという言葉が示すのは、単なる生活機能や快・不快の評価ではなく、「どのような人生をよいものと感じるのか」という価値観そのものです。

    「Part1をあらためて整理すると、『循環』『他者尊厳』『死を知る』という3つの視点が提示されていたと思います」と福場は振り返ります。

    生と死を切り離すのではなく、循環の中で捉えること。死を遠ざけるのではなく、人生の一部として引き受けること。そして、その過程で他者の存在や尊厳をどう位置づけるのか。福場は、これらの視点が重なり合うところに、Part1で提示されたQoLの本質があったと振り返ります。


    福場将太

    「死を知るというのは、暗い話をすることではありません。限りがあるからこそ、今ここで生きている他者の存在が際立つ。そのとき初めて、他者を尊重するという感覚が立ち上がってくるのだと思います」

    見えにくくなる、見えなくなるという現実に直面したとき、人は大きな不安や戸惑いを抱えます。そのことを日々の診療の中で感じてきた一人として、公益社団法人NEXT VISION 代表理事であり、神戸アイセンター病院で診療にあたる仲泊聡は、こう続けました。

    「表面的には明るく振る舞っていても、心の中ではとても厳しい状態にある患者さんを、これまで何人も見てきました。でも、人は一人では生きていけません。人や自然とのつながりの中で、どこかのタイミングで気持ちが変わる瞬間が必ずあると思っています。見えないから何もできないのではなく、役割を持ちながら生きていける社会の中で、人と人がつながり、その思いが循環していく。そのことを信じて、これからもつないでいきたいと思いました」


    仲泊聡

 

Part2「医療は社会変革の手段〜インクルーシブな医療と社会に向けた思想と活動〜」
ゲスト:パッチ・アダムスさん

    Part2では、医療を社会変革の手段として捉え直す視点が提示されました。ゲストは、クラウンドクターとして知られる医師のパッチ・アダムスさん。病院の外へと医療を開き、ユーモアや遊び心を通して人と向き合う姿勢は、「医療とは何か」「ケアとは何か」を根本から問い直すものでした。この回を象徴するキーワードとして、福場は「ケアとキュア」「助け合い」「I love me(愛すること)」を挙げました。

    福場は、医療が人と人との関係性の中で成り立つ営みであることを強調しました。

    「アダムスさんの話を聞いていると、医療は技術や制度の話だけではなくて、人と人がどう関わるか、その姿勢そのものなんだと感じます。治すことができなくても、関わり続けることはできる。その関係性が、人を支えていくんですよね」

    病気や障害を前にすると、人はどうしても「できること・できないこと」で自分や他者を線引きしてしまいます。しかし、アダムスさんは、その境界線を軽やかに越えていきます。笑いや仮装といった一見医療とは無関係に見える行為が、人の心をほどき、関係をつなぎ直していく。その姿は、医療が社会の中で果たし得る役割の広がりを示していました。

    また「I love me(愛すること)」という言葉も印象的でした。日立製作所で日立神戸ラボ長を務める武田志津は、この回を振り返りながら次のように語りました。

    「誰かを助ける側と助けられる側、という関係に固定してしまうと、どうしても苦しくなります。でも、アダムスさんの話を聞いていると、助け合いってもっとフラットでいいんだと思えてくる。医療も社会も、そのほうが息がしやすくなる気がします」


    武田志津

    治療(キュア)とケアは分けて考えられがちですが、実際の人の営みの中では重なり合っています。編集会議では、「治せない状況でも、人として関わり続けることができる」という視点が、Part1で語られた他者尊厳の考え方と結びつけて語られました。

    「愛すること、関わり続けること自体が、その人の人生を支える力になる。医療が社会変革の手段だという言葉は、決して大げさな表現ではないと思います」と福場は言います。医療を専門家だけのものではなく、社会全体で担う営みとして捉え直す意味でも、重要な回でした。

 

Part3「医療を軸にした『自分ごと』コミュニティへ」
ゲスト:桂福点さん

    視覚障害のある落語家・桂福点さんをゲストに招いたPart3では、「オモロい(笑い)」と「フラットな医療」が大きなテーマとして語られました。自身の体験をもとにした語りは、障害や医療を特別なものとして切り離すのではなく、日常の延長線上に引き寄せる力がありました。

    桂さんの語りの中心にあったのは、障害を「乗り越える物語」として描くことではありません。見えなくなったからこそ起こる失敗や戸惑い、それを笑いに変えて共有することで、場にいる人たちとの距離が縮まっていきます。

    「笑い」が単なる娯楽ではなく、人と人をつなぐコミュニケーションの回路として機能していることも話題になりました。公益社団法人NEXT VISION 副理事長の三宅琢は、医療現場との共通点についてこう語りました。

    「医療の現場でも、説明や指導より先に、まず関係ができるかどうかが大事です。桂さんの落語を聞いていると、その関係づくりを笑いでやっているんだなと感じました」


    三宅琢

    医療や障害の話題は、ともすると重くなりがちです。しかし、桂さんは、聞き手を「支える側」「支えられる側」に分けることなく、同じ場にいる一人として捉えます。福場は、こう続けました。

    「当事者だけが語るのでもなく、専門家が説明するのでもない。そこにいる人が、それぞれの立場で関われる。その状態がインクルーシブなんだと思います」

 

Part4「1日限りのヨシタケシンスケラジオ 〜人生の意味がわかるかもしれない〜」
ゲスト:ヨシタケシンスケさん

    Part4は絵本作家のヨシタケシンスケさんをゲストに迎え、ラジオ番組形式で行いました。ヨシタケさんは、神戸アイセンターの公式キャラクター「テンボー」のデザインを手がけています。ヨシタケさんらしいユニークなワードが飛び出した回でしたが、なかでも「苦笑い」という言葉が印象的でした。

    メールで寄せられた、「普通はこうだよね、と言われるたびに、そこから外れている自分に違和感や苦しさを感じてしまう」という問いに対して、ヨシタケさんは「泣き崩れるわけでもなく、怒ってぶつかるわけでもなく、苦笑いでやり過ごすことも大事なんじゃないでしょうか」と語りました。

    無理に納得しようとせず、かといって自分を否定するわけでもない。その場を“苦笑い”で抜けるという選択肢は、実は大切なのかもしれません。

    さらに話題に上ったのが、「びっくり」というキーワード。これは三宅との対談で、「人生の意味」についての話から生まれた言葉でした。夢を叶えること、誰かを幸せにすること、何かを成し遂げること。そうした意味を人生に設定できる人もいますが、余裕がないときや、立ち止まっているときには、その意味づけがかえって自分を追い詰めてしまうこともあります。そんなとき、ヨシタケさんは「人生は、びっくりするためにあるんじゃないでしょうか」と、ネガティブをポジティブに変えるような視点を提案してくれました。公益社団法人NEXT VISIONの理事である髙橋政代は、「すごく哲学的」と振り返りました。

    「はっとさせられる回でした。まるで、“膝カックン”されたような感じです。ちゃんとしなきゃ、正しくいなきゃ、と無意識に力が入っているところを、後ろからすっと崩されたような感覚がありました」


    髙橋政代

    また、この回ではコロナ禍で人と会えなかった時期の心の落ち込みについても取り上げられました。福場は、人と会うことの意味について、こう語りました。

    「心の調子って、自分一人ではなかなか整えられないものだと思うんです。ギターも、一人で弾いていると音がずれていることに気づきにくい。でも誰かと合わせた瞬間に、『あ、ずれてた』とわかる。それと同じで、心にもチューニングが必要なのではないでしょうか。
    私たちは人と触れ合うことで、自分の考えや感情の“ずれ”に気づき、少しずつ調整しているのかもしれません」

 

Part5「認知の仕方をアップデートすることで見える、新しい世界の風景」
ゲスト:竹倉史人さん

    Part5は、「そもそも私たちは、どんな世界を生きていると“思い込んでいるのか”」という問いについて考えた回でした。ゲストは人類学者の竹倉史人さん。科学や宗教、人類の精神史をたどりながら、「認知の枠組み」を見直す視点が提示されました。

    印象的だったのは、竹倉さんが語った「科学と宗教は道具である」という言葉です。

    「科学も宗教も、根源的な問いに答えてくれるものではありません。でも、人生を豊かにするための便利な道具なんです」

    信じる・信じないという対立ではなく、「どの設定を選ぶか」という認知の問題として語られた点が、参加者の心に響きました。


    モデレーターを務めた沖田京子

    また、竹倉さんのお話にあった「認知」というキーワードについて、福場はこう話しました。

    「物事そのものは変えられなくても、捉え方を変えることで、感じ方はまったく違うということに、改めて気づかされました。

    たとえば、喫茶店でホットコーヒーを頼んだのに、アイスコーヒーが出てきたとき。『今日は混んでいるから仕方ないな』とか、『アイスクリームを頼んでコーヒーフロートにしてしまえばよりおいしいぞ』と行動によってハッピーエンドに変わっていく。物事は変えられなくても、捉え方と行動を少し変えることで、出来事は違った意味を持ち始める。竹倉さんがおっしゃっていた『物事は捉え方しだい』という話には、精神科医としてとても共感しました」

    さらに、仲泊も、自身の体験と重ねながら語ります。

    「自分は柔軟だと思っていても、知らないうちに考え方が固まってしまう。竹倉さんの話を聞いて、医療者こそ、もっと自分の認知を疑わないといけないと感じました」

    公益社団法人NEXT VISION 常務理事の和田浩一は、Part5を含めたシリーズ全体を振り返りました。

    「Part1で語られた『循環』から始まり、『笑い』や『認知』など、すべてが一本のストーリーとしてつながっていたように思います。生きていくうえで悩みや辛いこともありますが、そこは見方を変えることも大事。そうすることで、ふと力が抜けたり、笑えたりすることもあるのかなと感じました」


    和田浩一

 

人生の意味は、ひとつじゃない

    「人生の意味を探る対話」シリーズを振り返りながら、後半ではアンケートを通して寄せられた参加者の声が紹介されました。

    「人生に意味はあるのか」「希望をどう持てばいいのか」「考え方の違う他者と、どう向き合えばいいのか」など多くの質問が寄せられました。参加者からの「障害の有無によって一番変化したことは何か」という質問に対し、福場は、「人とのつながりが、圧倒的に増えたこと」と答えました。

    「目が見えていた頃の僕は、気の合う数人がいればそれで十分というタイプでした。しかし、網膜色素変性症とともに生きるようになってから、出会いがどんどん増えていきました。ひとつの出会いが次の出会いにつながって、点が線になっていくような感覚でした。その連なりの中で、NEXT VISIONともつながっていきました」

    また、「長年、視覚障害があることを周囲に知られないよう働いてきた」という方からは、「病気が進行し、現在は職場に打ち明けているが、自分の生き方を振り返ると何だったのかなと思うことがあります」と、生き方についてあらためて問い直しているという声がありました。



    福場は、「打ち明けること自体が、とても大きな勇気を要する行為」だと受け止めました。

    「心の変化には人それぞれに必要な時間があります。何十年もかかって打ち明けられたのであれば、それはご自身にとって必要な時間だったということ。その時間が無意味だったわけではなく、その時その時を精一杯生きてきた結果だと思います」

    編集会議の最後には、パネリスト一人ひとりが、率直な思いを語りました。

    武田は、「患者でも医師でもない自分が、何か意味のある発言ができているのかと悩むこともあった」と打ち明けつつも、「それでも毎回、この場に来ると自分自身がとても楽になる」と語ります。続いて和田は、参加者にこう呼びかけました。

    「今日はつながれてよかったです。しんどいときは、ふっと息を抜く。それも、今できる大事なことだとあらためて感じました」

    また、仲泊は「約10年前に声をかけていただいたことが、今につながっています。この場を借りて、背中を押してくれた仲間に心から感謝したい」と語り、髙橋も「運命的な出会いが重なって、今のメンバーがいる」と話しました。最後に三宅は、自身のこれまでを振り返りました。

    「十代の頃、一番の親友が、視覚に関わる難病の診断を受けた直後に亡くなったことがあり、その出来事は長い間、自分の中で深い傷となっていました。しかし最近になって、ようやく自分の物語が、ハッピーエンドに向かい始めたと感じています。これからも自分らしく、できることを続けていきたい。皆さんの未来が、少しでも明るくなったらうれしいです」

    Part6は、これまで5回にわたって多彩なゲストスピーカーを迎え重ねてきた対話を振り返りながら、「人生の意味」という大きな問いを見つめ直す時間となりました。

    最後に福場は、「自分が、精神科医なのか、視覚障害の当事者なのか、それともただの変わった人なのか、今でもよくわかっていません。でも、昔は否定的に捉えていた“中途半端”という状態を、今は誇りに思っています。曖昧さや矛盾を抱えたまま生きていくのが、人間なんだと思うんです」と語りました。

    答えを一つに定めるのではなく、揺れや迷いを抱えたまま問い続けること。その姿勢こそが、「人生の意味を探る対話」が大切にしてきたものなのかもしれません。

    これからもさまざまな方法でみなさんと対話を重ね、「人生の意味を探る対話」で得られた言葉や気づきをより多くの方にあらゆる方法で届けたいと考えています。

 

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